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名古屋地方裁判所 昭和51年(行ウ)30号 判決 1980年10月13日

愛知県刈谷市広小路三丁目三三番地

原告

久田敏樹

右訴訟代理人弁護士

竹下重人

同復代理人弁護士

桑原太枝子

愛知県刈谷市神明町三丁目二四番地

被告

刈谷税務署長

藤垣典夫

右指定代理人

山野井勇作

小出正行

川村俊一

大西昇一郎

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

(昭和五一年(行ウ)第三〇号)

1  被告が原告に対し、昭和四九年一一月五日付でなした昭和四八年分所得税の更正処分(以下「本件更正処分」という)を取消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

(昭和五二年(行ウ)第九号)

1  被告が原告に対し、昭和四九年二月七日付でなした昭和四五年分、同四六年分及び同四七年分所得税に係る重加算税の賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という)をいずれも取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

昭和五一年(行ウ)第三〇号

(請求原因)

一  本件課税の経緯

1 確定申告及び修正申告

原告は、昭和四八年分所得税について、同四九年三月一五日、別表一課税処分表の「確定申告額」欄記載のとおり確定申告をなした。

その後、原告は、同年一〇月二二日、同表の「修正申告額」欄記載のとおり修正申告をした。

2 更正及び加算税の賦課決定

しかるに被告は、国税通則法二四条により、別表一課税処分表の「更正及び賦課決定額」欄記載のとおり総所得金額及び所得税額を更正するとともに、同法六五条に規定する過少申告加算税を同法三二条の規定により賦課決定し、昭和四九年一一月五日付でそれぞれその旨原告に通知した。

3 審査請求及び裁決

原告は、右各処分を不服として、昭和四九年一二月二八日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたが、同所長は、原告の請求は理由がないとして、同五一年三月二二日付でこれを棄却する裁決をなし、同年五月二〇日付をもって原告にその旨通知した。

二  本件更正処分の違法性

しかしながら、本件更正処分は、原告の修正申告にかかる総所得金額中株式売買による損失金五、八六六万六、一四九円を雑所得と認定し、事業所得と認定しなかった点において違法があるから、その取消を求める。

(請求原因に対する認否及び被告の主張)

一  請求原因に対する認否

第一項の事実は認めるが、第二項の主張は後記のとおり争う。

二  本件更正処分の適法性

1 被告のした調査によれば、原告から提出のあった前記修正申告書記載の所得金額中には、別表三株式売買による所得明細表記載の株式の売買(但し、信用取引の方法による。以下「本件株式売買」という。)による損失金五、八六六万六、一四九円を事業所得によるものであるとして、所得税法六九条により歯科医業による所得金額から控除(いわゆる損益通算)して申告がなされていた。

2 しかし、原告の本件係争年分の事業所得は別表二歯科医業による所得の明細表記載の歯科医業による所得のみであり、本件株式売買による所得は雑所得に該当し、従って、同法六九条の適用はなく、その損失金は、事業所得である歯科医業による所得金額から控除されるべき性質のものではないので、被告は、国税通則法二四条により、本件更正処分をなしたのであり、右処分はもとより適法である。

3 本件株式売買による所得が雑所得に該当する理由の詳細は次のとおりである。

(一) 所得税法(昭和四〇年法三三号、但し、同四八年法八号改正による。以下同じ)九条一項一一号、同法施行令(昭和四〇年政令九六号、但し、同四一年政七三号改正による。以下同じ)二六条二項によれば、有価証券の売買を行う者の、その年中の売買回数が五〇回以上で、且つ、売買をした株数の合計が二〇万株をこえる場合は、その者の右売買による所得は、これを有価証券の継続的取引から生ずる所得として非課税所得の対象から除外している。

しかし、右各条項は、株式の売買による所得のうち、非課税所得の対象から除外する要件を定めたにすぎず、右要件に該当する所得が当然に事業所得となることまでも定めたものではない。

従って、右所得が、所得税法上いかなる種類の所得にあたるかについては、所得税法二三条以下の所得の種類等の規定に照らし判断されるべきことがらである。

(二) 事業所得の定義

所得税法二七条一項によれば、事業所得とは、山林所得又は譲渡所得に該当する所得以外の農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令(施行令六三条)で定めるものから生ずる所得をいうとされており、右施行令六三条一二号は、対価を得て継続的に行う事業もこれに含まれる、と規定しているが、株式の売買を行う者の内、前記非課税所得の対象から除外される要件を備えた者が、右施行令六三条一二号にいう対価を得て継続的に行う事業者に該当するか否かについては、明文の規定は存しない。従って、株式の売買が、所得税法上の事業に該当するか否かは、営利性・有償性の有無、継続性・反覆性の有無は、もちろんのこと、これらに加えて、株式取引の種類、当該取引におけるその者の関与の程度、取引のための人的・物的設備の有無、資金調達方法、その者が取引に費やした精神的・肉体的労力の程度、その者の職業・職歴及び社会的地位などを綜合して、いわゆる事業としての社会的経済的実体を有するか否かを検討して、一般社会通念に照して判断さるべきである(所得税基本通達九-一三も、右の趣旨から、有価証券の売買による所得が事業所得にあたるかどうかは、その取引のための施設、その者の職業、その他諸般の事情に照らし、その者が常業として有価証券の取引を行っているかどうかによって判定すべしとしている)。

(三) 本件株式売買による所得の事業所得該当性の存否について

そこで、以上の見地に立って、本件株式売買が、所得税法上にいう事業といえるかどうかについて検討する。

(1) 原告は、「京極歯科」の名称で、歯科医院を経営している歯科医師であり、右「京極歯料」は、歯科医師一名(原告)、准看護婦一名、歯科技工士二名、歯科衛生士二名、事務員一名の計七名をもって構成されている歯科医院で、原告は、毎週土、日曜日を除いて毎日、午前九時から午後五時三〇分までの診療時間内、右医院において歯科医師として、歯科の診療に従事しており、原告の生計の資は、すべて、右歯科医としての事業所得により、まかなわれている。しかも、原告の右事業所得は、刈谷税務署管内の青色申告同業者四八名中最高であった。

(2) 原告のした本件株式売買は、右歯科医としての職務の余暇になされていたものであり、株式取引のための物的、人的設備を特に設置することはなく、右株式取引は、原告自身が証券会社に架電するか、あるいは、来訪した証券会社の係員に口頭で指示する等の方法で行っていた。

また、原告は、青色申告者であるにもかかわらず、株式売買に関する帳簿を作成しておらず、売買報告書等の原始記録すら完全には、保管していなかった。

なお、原告が、大量の株式売買を始めた動機は、昭和四六年後半ごろ、大和証券株式会社の担当者から、原告が従前所有していた割引金融債を売却して、その資金で株式売買をするよう強くすすめられたためであり、自主的なものではなかった。

(3) 原告の場合、本件株式売買のための資金は、すべて自己資金の範囲内に限られ、銀行借入れ等による積極的な資金調達はみられず、右取引のための必要経費も株式売買に直接要した費用のみで、通常の事業であれば、一般に必要と認められる必要経費は皆無であった。

(4) 原告は、本件株式売買につき、所得税法二二九条に基づき、所轄税務署長に対し、事業所得を生ずべき事業の開始に関する届出をしておらず、また、本件係争年以前において、株式売買による所得を事業所得として申告した事実はなく、昭和四七年分のみ雑所得として申告しているにすぎない。

(四) 以上の諸点からすれば、原告の行った本件株式売買は主観的にも、客観的にも、事業としての社会的、経済的実体を具備していたと認めることはできず、却って、歯科医としての職務の余暇に手持の余裕資金をもって、投機的な利殖を試みたものと評する外なく、これに加えて株式売買は極めて投機性が著しく、これを営業として相当期間継続して安定した収益を得ることは極めて困難であり、株式売買は、その性質上事業になじみ難いものであること等を勘案すると、原告のした本件株式売買は社会通念に照らし、所得税法上の事業とは認められない。

なお、原告のした本件株式売買の回数や売買株数は別表三のとおりであるが、右回数と売買株数のみでは、前記のとおり、本件株式売買が非課税対象から除外されるという法的効果が生ずるにすぎず、それ以上の意味を有しないのである。従って、本件株式売買により生じた所得は、同法三五条の雑所得に該当すると認める外はない。

(被告の主張に対する認否及び原告の主張)

一  被告の主張に対する認否

第二項の事実中原告の修正申告書記載の所得金額の記載は、被告主張のとおり別表三記載の本件株式売買による損失金が事業所得から控除されていること、原告の経営する京極歯科の人員、担当職名、診療時間が被告主張のとおりであること原告は右診療時間中歯科治療に従事していたこと、原告のした本件株式の売買については、特に人的、物的設備は設置せず、原告自身が架電等の被告主張の方法で行っていたこと、その資金は、自己資金でまかなわれ、通常の事業であれば当然生ずると思われる必要経費はなかったこと、原告の生計の資は歯科医としての事業所得から得ていること、及び原告は、従前から株式売買につき、所得税法二二九条所定の所轄税務署長に対する開業の届をしていなかったこと、並びに、原告は、株式売買による所得については昭和四七年分のみ雑所得として申告し、事業所得として申告はしたことがなかったこと、以上の事実は認める。また、株式売買が事業所得にあたるか否かの判定は、被告主張のとおり一般社会通念に照らし判断さるべきであることは争わない。その余の事実、主張は否認する。

二  原告の主張

1 所得税法施行令六三条一二号にいう、「対価を得て継続的に行う事業」の事業性の判定は、被告主張のとおり社会通念に照らし判断さるべきであるが、株式の売買が、個人の危険と計算によって独立して継続的に行われているときはそれだけで事業性を認めるべきであり、人的、物的設備の有無などは、事業性判定の要件ではない。

そして原告のした、本件株式の売買は、本来の事業である診療業務と全く同じ程度の真剣な努力の下に行っていたのであって、決して、診療業務の余暇を楽しむためにしていたのではない。

述って、原告のした本件株式の売買は、主観的にも、客観的にも事業としての社会的、経済的実体を具備していたというべきである。

2 原告は、昭和四八年六月ごろ、名古屋国税局直税部担当調査官の調査を受けた際、一定の制限を超える規模の株式の取引による所得は課税の対象となることを説明されるまで、証券取引による所得は全部非課税であると誤信していたので事業届をしなかったのである。

また、原告が昭和四七年中の株式売買による所得を雑所得として申告したのは、前記調査官の次のとおりの強い要請があったためである。すなわち、原告が右調査の結果に準拠して修正申告をしようとした際、原告は、株式売買による所得も事業所得として申告する旨申出をしたところ、右調査官は、右所得を事業所得に含ませると事業所得の過少申告額が著しく多額となるので、青色申告書提出の承認を取り消さなければならなくなること及び事業所得金額と雑所得金額を調査結果どおり申告するならば、重加算税の賦課決定をしないよう考慮するなどと偽まん的言辞を弄して、原告に対し雑所得としての申告を強く要請したので、原告は、右の要請に従う外なかったのである。

(原告の主張に対する被告の反論)

一  原告は、株式売買が個人の危険と計算によって独立して継続的に行われているときは事業性を認めるべきである旨主張する。

しかし、右主張の当否は、しばらく措くとしても、原告は日本歯科大学卒業後である昭和二八年から歯科医業に従事し、以来二〇年に亘り歯科医業に専念してきた者で、その職業、経歴からしても、株式売買に関し専門知識を有していたとは認められないし、また、株式売買に専念し、その収入によって生計を賄って来た者とも認められないから、原告の本件株式の売買が、事業としての社会的、経済的実体を具備するとは到底認めることはできない。

二  原告は、昭和四七年中の株式取引による所得を雑所得として申告したのは、名古屋国税局直税部担当調査官の偽まん的言辞による強い要請に基づくものであると主張するが、そのような事実はまったくない。

昭和五二年(行ウ)第九号

(請求原因)

一  本件各賦課決定処分の経緯

1 確定申告及び修正申告

原告は、昭和四五年分ないし同四七年分所得税についていずれも法定申告期間内に、別表四ないし六の重加算税計算表「確定申告額」欄記載のとおり確定申告をなした。

ついで、原告は、昭和四八年一二月二〇日、別表四ないし六の重加算税計算表「修正申告額」欄記載のとおり本件各係争年分の修正申告をなした。

2 加算税の賦課決定及び変更決定

被告は、原告のした右各修正申告に基づき国税通則法六五条一項、六八条一項、三二条の規定により、過少申告加算税及び重加算税を次の(一)ないし(三)のとおり賦課決定し、その旨昭和四九年二月七日付をもって原告に通知した。

なお、昭和四七年分の修正申告については一部に誤りが認められたため、被告は、別表六昭和四七年分重加算税計算表の「更正額」欄記載額にそれぞれ更正するとともに、過少申告加算税を次の(四)のとおり変更決定し、昭和四九年一一月五日付をもって、その旨原告に通知した。

(一) 昭和四五年分賦課決定額

(1) 過少申告加算税 一七万三、一〇〇円

(2) 重加算税 七万五、六〇〇円

(二) 昭和四六年分賦課決定額

重加算税 一一二万四、四〇〇円

(三) 昭和四七年分賦課決定額

(1) 過少申告加算税 七九万二、〇〇〇円

(2) 重加算税 一九五万三、六〇〇円

(四) 昭和四七年分変更決定額

(1) 過少申告加算税 七二万一、七〇〇円

(2) 重加算税 一九五万三、六〇〇円(変更なし)

3 異議申立及び決定

原告は、右重加算税賦課決定処分を不服として、昭和四九年四月六日、被告に対して異議申立をしたが、被告は、原告の申立は理由がないとしてこれを棄却する決定をなし昭和四九年七月二日付をもって、その旨原告に通知した。

4 審査請求及び裁決

原告は右異議決定を不服として昭和四九年七月三〇日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は、原告の請求は理由がないとして、同五一年九月一一日付でこれを棄却する裁決をなし、その旨同年一一月二六日付をもって原告に通知した。

二  本件各重加算税の賦課決定処分の違法性

しかしながら、本件各重加算税の賦課決定処分は、原告において課税要件たる国税通則法六八条一項所定の事実がないのに、これありと認定した点において、違法があるので、その取消を求める。

(請求原因に対する認否及び被告の主張)

一  請求原因に対する認否

第一項の事実は認めるが、第二項の主張は後記のとおり争う。

二  本件各賦課決定処分の適法性

(一) 確定申告における国税通則法六八条一項所定の隠ぺいないし仮装の事実

国税通則法六八条は、不正手段による租税徴収権の侵害行為に対し制裁を課することを定めた規定であるが、ここに「事実を隠ぺいする」とは、課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実について、これを隠匿し、あるいは故意に脱漏することをいい、また「事実を仮装する」とは、所得財産あるいは取引上の名義等に関し、あたかも、それが真実であるかのように装う等故意に事実を歪曲することをいうと解すべきであるところ、原告は、次のとおり、昭和四五年ないし同四七年分所得税の総所得金額及び税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、その隠ぺいしたところに基づいて確定申告をなした。

1 昭和四五年分については、歯科医業による事業所得の金額中、七二七万七、九〇八円(確定申告にかかる事業所得金額九一六万五、四二〇円と修正申告にかかる同金額一、六四四万三、三二八円との増差額)の自由診療収入を隠ぺいしていた。

2 昭和四六年分については、右事業所得の金額中、六九八万八、三八八円(確定申告にかかる事業所得金額一、〇五四万八、七五三円と修正申告にかかる同金額一、七五三万七、一四一円との増差額)の自由診療収入を隠ぺいしていた。

3 昭和四七年分については

(1) 右事業所得の金額中、一、〇一三万七、二〇四円(確定申告にかかる事業所得金額一、二三八万七、三一八円の修正申告にかかる同金額二、二五二万四、五二二円との増差額)の自由診療収入を隠ぺいしていた。

(2) 雑所得の金額中、一、〇四七万七、九三三円(修正申告にかかる雑所得金額の減額更正後の二、三八六万七、四三〇円中、原告の仮名である松山哲三名義による有価証券の売買益)を隠ぺいしていた。

(二) 隠ぺいないし仮装の具体的事実

原告は歯科医師として、診療にかかる患者に関する診療録上に、自由診療に関する報酬を記載していたが、青色申告の承認を受けていたものであるから、当然、青色申告者として所定帳簿書類等に右診療録に記載した自由診療分の報酬を正確かつ確実に記載しなければならないのに、税務職員の調査に際して同職員が真実の所得金額を把握することを困難にする意図をもって、敢えて右報酬を所定帳簿書類等に記載せず、かつ右診療録上の報酬の記載を抹消し、故意に過少の収入金額を計上していたものであり、右のようにして除外された自由診療収入金額は極めて多額にのぼる金額であることから、これらが単に偶然の記帳漏れ、計算違いとは到底認められない。

また、別表六の昭和四七年分重加算税計算表記載の雑所得金額は、株式売買による所得であるが、原告は、右取引の名義については本人名義のほかに、松山哲三なる架空名義を使用していた。そして原告は、確定申告書に、右松山名義による株式の売却益一、〇四七万七、九三三円について雑所得としての申告をしていなかったから、右松山名義による所得は、これを隠ぺいし又は仮装したものというべきである。

これを具体的に述べると次のとおりである。

1 原告の自由診療分のカルテ中、昭和四七年以前に診療の完了した分の殆んどは、月日、入金額の記載が消ゴムで抹消されていたところ、右抹消にかかる分でも月日、入金額を判読できるものがあり、これらを拾い出して出納帳の記載と対照したところ、出納帳には記載もれとなっていた。これを昭和四七年一月分のカルテについてみると、同月中の抹消部分のあるカルテ(乙三号証はその写)中の日付と入金額とが判読できた分は、患者二二名、入金二五口、合計一二六万七、三七五円であるが、この中で、出納帳に記載されていたものは唯一口で、一月二〇日入金八万六、四〇〇円にすぎず、その他同月中の入金で出納帳に記載されたものは、わずか三口、合計九、五〇〇円にすぎない。

2 更に、原告のカルテ及び出納帳の記載内容については次のような事実がある。

カルテ中、雪山金七分(乙三号証の二四頁)については、昭和四七年二月七日の欄は消ゴムで抹消されていたが、同日に診療費二五万六、〇〇〇円あるいは二六万円の入金があったと推定できる記載の痕跡があり、被告の調査によると、現実に同人から二六万円の支払があったことは明白である(乙一五号証)。ところが、カルテの右記載は抹消され、右収入金額二六万円は出納帳に記載されていなかった。

榊原義雄分カルテについては、被告の調査によると、同人から、昭和四六年一二月一日から同四七年一月七日までの間に、一回約八万円の支払が三回あったことは明らかである(乙一六号証)。ところが、同人のカルテ中右入金額の記載は、いずれも、抹消され、右収入金額は出納帳に記載されていなかった。

篠田喜美代分カルテについては、被告の調査によると昭和四六年一二月一一日から同月一五日までの間に、同人から五万七、〇〇〇円の支払があったことは明らかである(乙一七号証)。ところが同人のカルテ中、右入金額の記載は抹消され、右収入金額は出納帳に記載されていなかった。

外山輝一分カルテについては、被告の調査によれば、昭和四六年一一月二二日から同四七年一月三一日までの間に、同人から一〇万円及び一四万九、〇〇〇円の支払があったことは明らかである(乙一八号証)。ところが、同人のカルテ中右入金額の記載は抹消され、右収入金額は出納帳に記載されていなかった。

川崎トシ子分カルテについては、被告の調査によれば昭和四七年一月二六日ごろ、同人から約七万円の支払があったことは明らかである(乙一九号証)。ところが、同人のカルテ中右入金額の記載は抹消され、右収入金額は出納帳に記載されていなかった。

神谷行雄分カルテについては、被告の調査によれば、昭和四六年三月二二、三日ごろに、同人から約一三万円の支払があったことは明らかである(乙二八号証)。ところが、同人のカルテ中右入金額の記載は抹消され、右収入金額は出納帳に記載されていなかった。

3 株式の売買益の隠ぺいについて

原告の松山哲三なる架空名義による株式売買の売却益について、確定申告に含まれていなかったことは、前記のとおりであり、被告の調査においても、原告は当初は右架空名義による売却益を秘匿していたが、被告の担当職員によって発見され、証拠資料を提示されたので、やむなく、右事実を認めたのである。

4 なお、原告は、被告の調査結果を、そのまま認め修正申告をするに至ったものであり、以上の事実関係からすれば、原告に国税通則法六八条一項所定の隠ぺいないし仮装の事実の存することは明白である。

(三) 各修正申告書に基づく国税通則法三五条二項の納付すべき税額

別表四ないし六中各確定納税額欄<ハ>記載の金額のとおりである。

(四) 重加算税対象金額

別表四ないし六記載の重加算税対象金額記載のとおり。

但し、昭和四七年分については、過少申告加算税の額の計算の基礎たるべき税額は、別表六<ニ>記載の二、〇九六万五、五〇〇円であるが、国税通則法六八条一項及び同法施行令二八条一項所定の隠ぺい又は仮装されていないことの明らかな事実に基づく税額として計算した金額八二五万三、〇〇〇円(別表六記載の確定申告額欄の確定納税額一五九万六、〇〇〇円と、更正処分後の総所得金額四、七七〇万一、八六二円から前記隠ぺいにかかる所得金額の合計二、〇六一万五、一三七円を差引いた総所得金額二、七〇八万六、七二五円に基づいて計算した場合の「納付すべき税額」九八四万三、六〇〇円との増差額)を控除した税額一、二七一万二、五〇〇円が重加算税対象金額となる。

(五) 以上によれば、本件各重加算税の賦課決定処分にかかる重加算税額は、何れも原告に対して課すべき前記各重加算税額の範囲内にあるから、右処分はいずれも適法である。

(被告の主張に対する原告の認否及び主張)

一  被告の主張に対する原告の認否

第二項(一)(二)の事実中、係争各年分確定申告額と修正申告額との間に被告主張のとおり自由診療収入につき増差額の存すること、原告の修正申告にかかる昭和四七年分雑所得(但し減額更正後の金額)中被告主張のとおり原告の仮名である松山哲三名義による有価証券の売却益一、〇四七万七、九三三円が含まれていること、原告の修正申告は被告の調査を認めてなされたものであること、以上の事実は認めるが、これらの分について原告に事実の隠ぺい又は仮装の意図があった旨の主張は後記のとおり争う。同項(三)ないし(五)の主張は争う。

二  原告の主張

1 自由診療報酬についての原告の確定申告に記載漏れ部分があったことは、被告主張のとおりであるが、その理由は、原告は、昭和四四年分までは白色申告をしていたのであるが、そのころ、愛知県歯科医師会の税務指導などで、自由診療収入についてはその実績の有無にかかわらず、社会保険診療収入の総収入額に対し、昭和四二年は三%、昭和四三年は五%、昭和四四年は一〇%程度の金額を申告するように指導を受けた記憶があり、原告は、右基準よりも多額を申告していたので、その程度でよいと考え、係争各年分の自由診療収入額の記帳が、ややおろそかになってしまったのであり、他意はなく、事実を隠ぺいし又は仮装する意図はなかった。

2 松山哲三なる架空名義を使用して株式売買をした点は、原告不知の間に、大和証券株式会社名古屋支店の従業員が勝手に松山哲三なる名義を使用して原告のため株式売買をしたものであり、原告は同社に対する買注文には、すべて原告の本名を使用していたのであるから、右松山名義の取引が存したという事実から、直ちに原告に隠ぺい、仮装の意図があったと即断することはできない。

なお、右松山名義の株式の売却による所得を申告しなかった点については、原告は、昭和四八年六月に、名古屋国税局担当者の調査を受けるまで株式の売却による所得は非課税であると信じていたためであり、事実を隠ぺいし又は仮装しようとしたためではない。

また、仮に、本件税務調査の際、原告が右売買益を秘匿する態度をとった事実があったとしても、右事実は、重加算税の課税要件である申告期限前に事実を隠ぺいし又は仮装していたことに該当しないというべきである。

3 被告係官は、原告に対し、被告側調査結果どおりに、事業所得中自由診療収入申告もれ分及び株式売買による所得申告もれ分があるとして、その旨の修正申告(但し株式売買による所得については雑所得に計上して申告)を自主的にするならば、反面調査も、重加算税の賦課決定もしないと明言したので、原告は指示どおりの各修正申告をした。

しかるに被告は、右約定に反し、その後反面調査をなし、乙一五ないし一九号証の聴取書を作成し、かつ、本件各重加算税の賦課決定処分をなしたのであるから、右各賦課決定処分は信義則に反し、違法である。

(原告の主張に対する被告の反論)

一  原告は、白色申告をしていた昭和四四年分ころ、愛知県歯科医師会の税務指導で受けた基準よりも多額の自由診療分収入を申告していたので、事実を隠ぺいし又は仮装する意図はなかった旨主張する。

しかし、愛知県歯科医師会が原告の言うような税務指導をしていたか否かについては被告の知らないところであるが、仮に、そのような指導のもとに昭和四四年分まで白色申告を行っていたとしても、本件係争年分である同四五年分ないし同四七年分について、原告が国税通則法六八条一項該当事実を行ったことを否定する根拠となるものではない。

二  また、原告は、大和証券株式会社名古屋支店における有価証券の買付名義が原告不知の間に架空名義となっていたから、隠ぺい、仮装の意図が原告にあったとすることはできないと主張する。

しかし、大手証券会社である大和証券株式会社が顧客の意を受けることなく一方的にその不知の間に架空名義を使用することなど考えられないし、現に同証券会社が原告不知の間に仮名を用いて原告のために買付を行った事実はない。

三  原告のした修正申告につき、被告係官が本件賦課決定処分をしない旨明言したような事実は全くないから、原告の信義則違反の主張は、失当である。

なお、被告係官の調査時に、原告から反面調査をしないよう要請があり、当時、被告係官が反面調査をしなかったことは認める。

(証拠)

一  原告

1 甲第一号証提出

2 証人江原直弘の証言及び原告本人尋問の結果援用

3 乙第一号証ないし第三号証、第九号証ないし第一三号証の成立は不知。第五号証及び第六号証の書込部分についての成立は不知、その他は認める。その余の乙号各証の成立は認める。

なお、乙第一五号証ないし第一九号証は、前記のとおり反面調査をしないとの原告と被告係官との間の約定に違背して作成されたものであり、信義則に反し、証拠能力を欠くというべきである。

二  被告

1 乙第一号証ないし第二八号証提出

2 証人花井顕の証言援用

3 甲第一号証の成立は認める。

理由

(昭和五一年(行ウ)第三〇号)

一  本件更正処分の経緯、本件株式売買の回数、金額、売買損金、純損失金が被告主張別表三のとおりであること、及び右損失金五、八六六万六、一四九円が、事業所得に該当するか、それとも雑所得に該当するかの点を除き、原告の本件係争年における各所得金額、各所得控除金額が被告主張のとおりであることについては、すべて当事者間に争いがない。

従って、本件における争点は、本件株式売買により生じた右損失金を被告が雑所得と認定し、歯科医による事業所得金額との損益通算を認めなかったことの適否である。

よって、以下、この点につき審按する。

二  株式の売買を行う者の、その年中の取引回数が五〇回以上で、かつ売買株数の合件が二〇万株をこえる場合は、その者の右売買による所得は、これを有価証券の継続的取引から生ずる所得として非課税所得の対象から除外している(所得税法九条一項一一号、同法施行令二六条二項)。

ところで、右所得が所得税法上いかなる種類にあたるかについては、所得税法二三条以下の所得の種類の規定に照らし判断さるべきであるところ所得税法二七条一項は、事業所得の定義として、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得と規定し、これを受けた同施行令六三条は、一号から一一号まで具体的な事業の種類を規定し、かつ、一二号に、前号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行う事業も含まれると規定している。

従って、本件株式売買が事業といいうるか否かは、右一二号にいう対価を得て継続的に行う事業に該当するか否かにある。

そして、本件株式売買が右一二号にいう事業に該当するか否かは、結局、一般社会通念に照らして決定するほかはないのであるが、これを決定するに際しては、営利性、有償性の有無、継続性、反覆性の有無、自己の危険と計算による企画遂行性の有無、当該取引に費した精神的、肉体的労力の程度、人的、物的設備の有無、資金調達方法、その者の職業、経歴及び社会的地位、生活状況などの諸点が検討さるべきである。そこで、右の諸点について考察を進める。

1  原告が、別表三記載のとおり、昭和四八年一月から同年一二月までの間に、売買回数合計一一七回、売買株数合計四二六万九、一一二株の本件株式売買をなし、その純損失金は五、八六六万六、一四九円であったこと、原告は、「京極歯科」の名称で歯科医院を経営し、右「京極歯科」の人員、その担当職名、診療時間が被告主張のとおりであること、原告は、右診療時間中は歯科治療に従事していたこと、本件株式の売買につき、原告は、特にそのための人的物的設備を有せず、原告自身が証券会社に架電し、或いは原告宅を訪れた証券会社の係員に口頭で連絡する等の方法で本件株式の売買を行っていたこと、その資金は、すべて自己資金でまかなわれ、通常の事業であれば当然生ずると思われる必要経費はなかったこと、原告の生計の資は、歯科医としての事業所得から得ていたこと、及び、原告は、従前から株式売買につき所得税法二二九条所定の、所轄税務署長に対する開業の届出をしていなかったこと、並びに株式売買による所得の申告は、昭和四六年まではしたことがなく、昭和四七年分は雑所得として申告していること、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  つぎに、成立に争いのない甲第一号証、証人花井顕の証言、右証言により真正に成立したと認められる乙第九号証ないし第一三号証、その方式及び趣旨により公務員が作成したものと認められるにより真正に成立したと認められる乙第二号証、証人江原直弘の証言、原告本人尋問の結果を綜合すれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和二七年三月日本歯科大学を卒業した後、昭和二八年ころから刈谷市で父と共に「京極歯科」医院を経営し、父が昭和三八年死亡後も引き続き、右医院を経営し、昭和四七年ころ、原告肩書地に新たにビルを新築して、そこに、右医院を移転した。「京極歯科」は刈谷市内では、その規模、診療台数において、他の歯科医院に数等優っていた。

(二)  原告は、昭和三四年、三五年ごろから、大和証券株式会社名古屋支店を介して株式売買(信用取引)をするようになったが、当初は、さしたる規模のものではなかった。ところが、昭和四六年後半、同支店の椙村課長から、従前原告の所持していた割引金融債を売って株式を買うよう強くすすめられ、かつ、東急不動産、三菱地所等の有力株を買うよう助言を受け、これが動機となって有名な銘柄株を買うようになり、次第に売買株数をふやして行った。このように、原告は、右証券会社の係員が提供する情報、ないし右情報に基づく助言の下に売買する株式銘柄、株数等を決定していたのであって、従前、株式売買についての専門的な勉強はしたことはなく、定期的に日本経済新聞を購入している程度であり、東京証券取引所のダウ式平均株価の推移をグラフに図示することはしていたが、個々の銘柄の株価の変動をグラフ等に図示し、その変動の予想を自分なりに判断するというようなことはしていなかった。

昭和四七年の株式売買が所得税法九条一項一一号、同法施行令二六条二項所定の非課税対象から除外される大量な取引となった理由は、前記ビル建設の資金の全額を三井銀行から低利で融資が受けられることになったことに伴い、約二、〇〇〇万円の手持資金に余裕が生じたためであり、右大量取引により、二、〇〇〇万円を超える純益(正確な純益額は後述)が生じた。

右昭和四七年度の株式売買による益金は、税務当局の指導により雑所得として申告したが、昭和四八年度における株式売買における株式売買による純損失金については、原告の顧問税理士江原直弘に対する原告の「昭和四七年度分の利益は雑所得として申告し、相当額の税金を払ったのであるから、昭和四八年度分の損失金は、事業所得である歯科診療収入所得と損益通算できるよう事業所得として申告して貰いたい」との強い要望により、事業所得として申告がなされた。原告は、昭和四九年度以降も株式売買をしているが、その規模は、昭和四八年度における損失金が大きかった故か、所得税法上の非課税の範囲で行っている。

以上の認定の趣旨に反する原告本人尋問の結果部分は、たやすく信用し難く、他に以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

3  以上1、2の事実に基づき考えるに、本件株式売買における売買回数や売買株数は、所得税法施行令二六条二項に定める要件を大きく上回っており、本件係争年以前の昭和四七年も同様であったことからすれば、営利性、有償性及び継続性、反覆性は認められるけれども、原告は、先に認定したとおり「京極歯科」を経営する医師として、月曜日から金曜日までの毎日のほとんどの時間を医療行為にあてており、生活の資のほとんどすべてをこれから得ていること、株式売買のための人的、物的設備は設けておらず、証券会社係員の強い勧奨により大量の株式売買を始め、その提供する情報ないし助言に基づいて投機的目的のため行ったのであり、日本経済新聞の定期購読の外は、さしたる専門的調査をしておらず、自らの責任において企画を樹立し、これを遂行したり、相当程度の精神的肉体的労力を用いたものとは認められないこと、昭和四七年度分は、税務当局の指導により雑所得として申告したものの、昭和四八年度分は、多額の損失金が生じたことを理由に、歯科診療収入と損益通算することができるよう、事業所得として申告することを顧問税理士に強く要請し、事業所得としての申告をなしたのであり、自己の株式売買に事業性が具備されているか否かの点の認識に一貫性を欠く点が見られること等を併せ考えると、本件株式取引は、社会通念上いまだ所得税法施行令六三条一二号にいう事業と認めるに足りないというべきである。

もっとも、証人江原直弘の証言によれば、原告は、昭和四七年分の株式売買による利益金につき、当初事業所得として申告する意向であり、この件につき江原顧問税理士を介し、税務当局と折衝したが、結局税務当局の指導に従い、雑所得として申告したことが認められるけれども、本件全証拠によるも、税務当局が原告主張のような偽まん的言辞を弄したと認められるに足りる証拠は存しないから、昭和四七年分につきなされた雑所得としての申告は、税務当局から強制されたものであると認めることはできず、これに反する原告の主張は採用できない。

三  従って、本件株式売買によって生じた損失は事業所得とは認められず、雑所得の計算上生じたものと認めるべきであるから、所得税法六九条一項の規定により事業所得金額と損益通算することはできないから、これを理由になした、被告の本件更正処分は適法であること明らかである。

(昭和五二年(行ウ)第九号)

一  本件重加算税の賦課決定処分の経緯及び本件係争各年度における原告の確定申告額と修正申告額との間に、事業所得たる自由診療分収入につき被告主張のとおりの増差額が存すること、原告の修正申告にかかる昭和四七年度分の雑所得(但し、被告の減額更正後の金額)中被告主張のとおり原告の仮名である松山哲三名義の有価証券売却益一、〇四七万七、九三三円が含まれていること、原告の修正申告は、被告の調査結果を認めてなされたものであること、以上の事実は、当事者間に争いがない。

ところで、国税通則法六八条は、不正手段による租税徴収権の侵害行為に対し、制裁を課することを定めた規定であり、同条にいう「事実を隠ぺいする」とは、課税標準等又は税額の計算の基礎となる事実について、これを隠ぺいしあるいは故意に脱漏することをいい、また「事実を仮装する」とは、所得財産あるいは取引上の名義等に関し、あたかも、それが真実であるかのように装う等、故意に事実を歪曲することをいうと解するのが相当である。

そして、同条該当の所為の有無の判断は、確定申告時を基準としてなされるべきものであることは、多言を要しない。よって、先ず、本件係争各年度における確定申告額と修正申告額との間の自由診療分についての右各増差額及び昭和四七年分の被告更正処分後の雑所得中松山哲三名義の有価証券売却益について、国税通則法六八条所定の隠ぺい又は仮装の事実が存するか否かにつき判断する。

二  前掲甲第一号証、成立に争いのない乙第五号証(但し書込部分を除くその余の部分)、第六、第七号証、第八号証(但し、書込部分を除くその余の部分)、第一四号証ないし第二八号証、証人花井顕の証言、右証言により真正に成立したと認める乙第三号証、第五号証の前記書込部分、第一一号証ないし第一三号証、証人江原直弘の証言、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)によれば、原告が修正申告をなすに至るまでの経緯は、次のとおりであることが認められ、右認定の趣旨に反する原告本人尋問の結果部分は、たやすく信用しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠は存しない(なお、乙第一五号証ないし第一九号証についての原告の信義則違反の主張に対する判断は後述のとおりであり、右主張は採用できない)。

1  原告が、係争各年度の確定申告をした後である、昭和四八年六月から一二月に至る間、被告税務職員訴外花井ら数名の者は、六、七回に亘り原告方に赴き、関係書類の提出を求めて、税務調査をなし、原告は、現金出納帳、諸勘定元帳、カルテ等を提示した。

税務職員が、係争各年度のカルテを調査したところ、自由診療分のカルテの大部分につき、第一面下段に、鉛筆で記された文字が消ゴム等で抹消されていることを発見した。

そこで、同職員は、昭和四八年度の診療継続中の自由診療分のカルテの第一面下段の鉛筆書きの文字及び、前記係争各年度のカルテ中抹消された部分に残されている筆圧痕から、抹消された文字の読みとれるカルテ等を対比して、右各カルテの抹消部分には、自由診療分についての診療方法及び入金状況(代金額とその支払状況)の記載がなされていたことを知り、右各カルテを仔細に検討し、昭和四六、七年分については、抹消部分のあるカルテの枚数を月別に集計し、総カルテ枚数との割合を算出し(昭和四六年度分は、抹消部分あるカルテ三九九枚、総カルテ二、一七九枚、昭和四七年度分は、抹消部分あるカルテ七〇二枚、総カルテ二、五四三枚)、かつ、抹消部分のあるカルテ中筆圧痕から、入金状況の読みとれる分の復元作業をなし、その結果を書面に作成し、右調査に基づき、昭和四六、七年分の現金出納帳中自由診療収入分との比較対照を行ったところ、右抹消部分あるカルテから復元できた自由診療収入分のほとんどは、右現金出納帳の自由診療収入分に記載されていないことが判明した。昭和四五年度分については、右のような書面化の作業は行わなかったが、その調査結果は、昭和四六、七年度分とほぼ同様に、抹消部分あるカルテで復元可能な自由診療収入分の大部分は、昭和四五年度の現金出納帳に記載されていないことが認められた。

現金出納帳の記載によれば、自由診療収入金は、昭和四五年度二二〇万九、九九六円、昭和四六年度二七一万八、四五〇円、昭和四七年度七二八万八、一二九円であった。

その結果、税務職員は自由診療収入金につき、現金出納帳の記載にもれている(確定申告にもれている)相当多額な収入金の存在を物語る有力な資料として前記各抹消部分のあるカルテを評価するに至った。

なお、昭和四七年一月分の抹消部分のあるカルテにつきその入金状況が復元できた分は、患者二二名、入金二五口、入金合計一二六万七、三七五円であり、その内、現金出納帳に記載されているのは、一月二〇日の入金八万六、四〇〇円、他に三口九、五〇〇円にすぎないこと、雪山金七、榊原義雄、篠田喜美代、外山輝一、川崎とし子、神谷行雄等のカルテにつき被告が本訴提起後行った反面調査によれば、これらの者のカルテの抹消部分の筆圧痕から読みとれる数字は、これらの者が自由診療代金として現実に支払っていること、ところが、現金出納帳には記載されていないことは、被告主張のとおりであり、また被告のなした前記反面調査の結果、上靖子、大角歌子、後藤豊、水野あや子、阿部はる江、野村かよ子、相木沙加代、竹内京子、神谷行雄の自由診療分についても、右各人が現実に支払っている代金は現金出納帳に記載されていないことが判明している。

2  そこで、税務職員は、原告に対し、右各カルテの鉛筆書き部分の抹消の理由を質したところ、当初、原告は、右抹消部分のあるカルテは、自由診療に応じなかった(保険診療のみ承諾した)者の分であると弁明していた。

ところが、税務職員が、ことの真相を把握するため、抹消部分のあるカルテの全面的な反面調査を実施する意向であることを示すや、原告は、全面的な反面調査は、今後の患者診療に悪影響を生ずるおそれがあるから、とりやめてもらいたい旨懇請したので、税務職員は、反面調査は、実施しないこととし、これに代え、財産調査法(資産増減法とも言い、当該事業年度の期首と期末の資産及び負債を比較し、算出された純資産の増加額にその年中の生計費、その他の消費された金額を加えたものを、当該年度の課税所得として把握する方法)により推計計算をなすことにした。

そこで、税務職員は、右の調査方法による原告の資産の調査を開始し、原告から簿外資産である純金の取得数量、売却益、貸金等について、その詳細を記した上申書を提出させるなどして調査し、最終的に各係争年度で合計約二、四〇〇万円の自由診療収入申告もれ分があると認定した(正確な数字は昭和四五年分七二七万七、九〇八円、昭和四六年分六九八万八、三八八円、昭和四七年分一、〇一三万七、二〇四円。なお、右認定は、前記抹消部分あるカルテの復元可能な数字を積算した結果ではなく、財産調査法による推計に基づくものである)。

3  また、税務職員は、原告の株式売買の取引先である大和証券名古屋支店に赴き調査したところ、原告は、安川、北川等の仮名による多額な債券の購入を秘匿していた事実の外、昭和四七年度において、松山哲三なる仮空名義を使用し、売買回数合計五五回、売買数量合計三二〇万一、〇〇〇株、以上の売買により生じた一、〇四七万七、九三三円の株式売却益を秘匿していることを発見した。なお、右各仮空名義による取引口座は、原告の取引であることを秘匿する手段として原告が大和証券に対し申し出て、開設されるに至ったもので、大和証券が、原告に無断で原告のなす取引につき仮空名義を使用したものではなかった。

そこで、税務職員は、これら事実を、資料を示して原告に質したところ、原告は、これら事実をすべて認めた。

なお、原告は、株式売却による所得が非課税対象から除外される基準及び、昭和四七年度の原告のなした株式売買は、右基準に該当することを知っていた。

4  以上のような経過から、税務職員は、原告に対し、同職員が認定したとおりの額を自由診療収入申告もれ分とし、松山哲三名義による株式売却益を、自己名義による株式売却益分と合算し、雑所得申告もれ分として、それぞれ、修正申告するよう指導したところ、原告は、江原顧問税理士と相談の上、これに応ずることとし、指導どおりの修正申告をなすに至った。

右修正申告提出の指導に際し、税務職員が指導どおりにすれば、重加算税を課さないと確約したようなことはないが、原告側としては、そのことを期待して修正申告に応じたのではないかと推測できる。

三  以上に認定した事実によれば、原告は、係争各年度の自由診療収入分につき、真実は、入金のあったカルテにつき、計画的にカルテの入金状況欄を抹消し、これを現金出納帳に記入せず確定申告にもこの分を申告せず、右収入金額を故意に秘匿し、税務職員の調査において、カルテ中右抹消部分につき説明を求められたときも、自由診療に応じなかった患者のカルテであるなどと虚言を言い、反面調査が実施される状況に至って、患者への影響(別言すれば、自己の患者に対する信用の損なわれる結果の発生)をおそれ、そのとりやめを懇請し、税務職員の認定した自由診療収入もれ分を、そのとおり承認し、修正申告に応じたというのであり、また、松山哲三なる仮空名義口座は、原告が株式売買益を秘匿する意図をもって大和証券名古屋支店に要請し開設したものであり、右名義による株式売却益についても、税務職員が大和証券名古屋支店に赴き、調査して発見するまでは、これを秘匿し、確定申告もなさず、税務職員の裏付資料を示しての質問を受けるに及んで、はじめて、これを認め、修正申告に応じたというのであるから、確定申告時において、原告に国税通則法六八条所定の、事実の隠ぺいないし仮装の所為あったことは明白である。

原告が、被告の修正申告の指導に応じたのは、原告が税務職員に右隠ぺい、仮装の事実を発見され、やむなくなしたのであるから、修正申告に応じたという原告の所為が、前記認定に何らの消長を及ぼすものでないことは多言を要しない。

以上の説示に反する原告の主張は、いずれも採用できない。

なお、原告は、「乙第一五号証ないし第一九号証は、原告と税務職員との間に、税務調査時に、反面調査はしない約定に反して作成されたものであるから信義則に反し、これら乙号証は証拠能力を欠く」旨主張し、税務調査時に、原告の要請により税務職員が反面調査をしなかったことは被告の自認するところであるが、原告の隠ぺい、仮装の所為の存否が争われている本訴において、被告が主張事実立証のために、反面調査をなし、その結果を書証として提出することは、民訴法上当事者に許容されている立証活動に属し、このような立証活動をしないと、あらかじめ税務職員が原告に約するがごときことは考えられないところであり、本件全証拠によるも右のような約定の存することは認められないから、原告の右主張は採用できない。

四  原告は、「被告税務職員は、原告に対し、その指導どおりの修正申告をすれば、重加算税は賦課しないと約束した」趣旨の主張をするけれども、本件全証拠によるも、右主張事実は認められず、かえって、先に認定したとおり、原告は、税務職員が指摘するとおりの所得の秘匿をなし、同職員の裏付け資料を示しての質問に、やむなく秘匿の事実を認め、反面調査をしないよう懇請し、被告の調査結果に従い、修正申告するに至ったものであり、原告としては、修正申告をすれば、重加算税は課されないであろうと期待していたにすぎないというのであるから、原告の右主張は採用の限りではない。

五  各修正申告書に基づく国税通則法三五条二項所定の納付すべき税額及び重加算税対象金額は、被告主張のとおりとなるから右金額の範囲内でなされた本件各賦課決定処分は、いずれも適法というべきである。

(結論)

以上の次第であるから、被告の本件更正処分及び本件各重加算税の賦課決定処分はいずれも適法であって、その取消を求める原告の請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本武 裁判官 浜崎浩一 裁判官 原田卓)

別表一 課税処分表

<省略>

(注) △印は赤字又は獲付税額である。

別表二 歯科医業による所得の明細表

一、収支計算による所得金額

<省略>

二、原告は租税特別措置法二六条を適用しているため、課税される所得は次のとおりとなる。

(一) 自由診療収入に係る所得……七、三二九、四〇六円(1-2)

1 収入金額 一四、四二二、四三四円

(事業税) (共通経費)

2 必要経費 二二、九二七、八九六円-一六三、八〇〇円=二二、七六四、〇九六円

(共通経費) (按分経費率)

二二、七六四、〇九六円×三〇パーセント=六、八二九、二二八円

(事業税) (青色申告控除)

六、八二九、二二八円+一六三、八〇〇円+一〇〇、〇〇〇円=七、〇九三、〇二八円

(二) 保険収入に係る所得………六、七三九、一八七円(措置法26条による所得 二四、〇六八、五二五円×二八%)

(三) 歯料医業による所得………一四、〇六八、五九三円((一)+(二))

別表三 株式売買による所得明細表

<省略>

別表四 昭和四五年分重加算税計算表

<省略>

別表五 昭和四六年分重加算税計算表

<省略>

別表六 昭和四七年分重加算税計算表

<省略>

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